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2017年1月1日(日)の説教要旨 [説教要旨]

説教要旨2017.1.1 マタイによる福音書2:13-23「わが子を呼び出す」    望月修治     

◆ 教会の暦では、アドベント第1主日が1年の始まりです。教会歴は単に月日を数えるためのものではなくて、聖書と日々の礼拝とをつなぐものであり、「礼拝ごよみ」としての役割をもっています。クリスマスは教会歴の上では、12月25日から1月6日までの2週間です。クリスマスの期間が終わる1月6日は公現日/エピファニーと呼ばれます。公現日というのは、救い主の誕生を知った東方の学者たちが長い旅の後に、やっとベツレヘムに到着して、赤ん坊のイエスを礼拝したこと、すなわち救い主イエスが異邦人にも公に現されて(エピファイノー)、世界の救い主であることを示されたことを記念する日です。クリスマスの期間を締めくくる公現日にまつわる物語には東の国の占星術の学者達が登場します。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。」遠く東の異邦世界から、恐らく二千キロ以上の尋常ではない旅を重ねて、ユダヤに姿を現した占星術の学者たちが唐突に問いかけて来たこの言葉を聞いて、王ヘロデはおそらく直感的に危うさを感じ取り、今までにない不安を覚えたのだろうと思います。居場所を突き止め、ただちに葬り去らなければならない、そう考えた彼は、学者たちに居場所が分かったら、帰りがけにもう一度立ち寄って知らせてほしいと申し渡すのですが、学者たちは「ヘロデのところに帰るな」というお告げを聞いて、別の道を通って国に帰って行ってしまいました。

◆ ヘロデは学者たちにだまされたと知って怒りをあらわにします。それは激しい不安の裏返しだと言えます。ヘロデは暴挙に出ました。ユダヤ人の王が生まれたというベツレヘムとその周辺一帯にいた2歳以下の男の子を一人残らず殺させたというのです。福音書記者のマタイは、救い主の誕生物語の最後にこのような悲劇を描くのです。福音書記者のマタイは、この悲劇がもたらした悲しみをエレミヤ書の言葉を引用することで伝えています。18節です。「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない。子供たちがもういないから。」

◆ 引用されたこの言葉には少し説明が必要です。ラケルはイスラエルの信仰の父と称せられたアブラハムの孫ヤコブの妻の名です。ヤコブは双子の兄エサウとの家督相続をめぐる争いで、エサウと父をだまして、本来なら長男であるエサウが相続するはずの家督を手に入れました。そのことでエサウの激しい怒りを買ったヤコブは、母リベカの里に逃れ、そこで叔父のラバンのもとに身を寄せました。ラバンには二人の娘レアとラケルがいました。ヤコブはラケルとの結婚を望むのですが、姉のレアと結婚させられます。それでもラケルへの思いは消えることがなく前後14年間、叔父のもとで働いてようやくラケルとの結婚が実現します。ヤコブはレアとラケルの姉妹を二人とも妻に迎えたのです。ヤコブとレアとの間には10人の男の子が生まれ、ラケルには2人の男の子が生まれました。この12人が、後のイスラエルの12部族の祖先となったことを創世記の物語は記しています。ヤコブとラケルの間に生まれたのはヨセフとベニヤミンという男の子ですが、ベニヤミンがまだ生まれていなかった頃、つらい出来事がヤコブとラケルに起こりました。それが「ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供はもういないから」と記されていることの内容なのです。ヨセフはヤコブの11番目の末息子として生まれ、両親の寵愛を一身に受けて育ちます。それ故に他の10人の兄たちからうとまれ、兄たちは機会を見つけてヨセフを奴隷としてエジプトに売り飛ばしてしまいました。そして両親には、ヨセフは死んだと嘘をつき、獣の血を付けたヨセフの衣服を見せるのです。ヤコブは激しく悲しんで慰められるのを拒みました。ラケルにとってもヨセフはたったひとりのお腹を痛めた子供ですから、どんなに深く嘆き悲しんだか、容易に推測することできます。自分の子供を奪われてしまった母ラケルは、夫とともに嘆きに嘆いて、誰からも慰められるのを拒みました。ヨセフはエジプトで生きていて、エジプトの宰相の地位にまでのぼるのですが、ラケルはヨセフが生きていることを知らないまま死んで、ベツレヘムのすぐ近くに葬られました。自分の子供を奪われた悲しみを極め尽くすように味わった母ラケルが葬られている墓があるすぐ近くのベツレヘムで、自分の子供の命を王ヘロデの強大な権力によって奪われ、殺されてしまうという母たちの悲劇が起こったと、マタイはイエスの誕生物語の中で語るのです。

◆ なぜ幼児虐殺という悲劇をマタイはイエスの誕生物語の中で語ったのか。イエスは傷つくために生まれた、十字架にかけられて死ぬために生まれたと言えるからではないか。そしてその死を誰よりも神が嘆き抜いたからではないのか。マタイはそのことを踏まえてイエスの誕生物語を綴らねばならないと考えたからだと思うのです。傷つくために生まれる。・・・・私たちは自分自身に、あるいは自分の家族に、あるいはまた親しい人に子供が生まれた時に、あの子は傷つくために生まれたと考えることはありません。将来の幸せを願い、傷ついたりしない人生であるようにと祈ります。私たちにもそれぞれ誕生の時がありました。そして私たちの親はその時、そこから始まっていくわが子の人生に同じことを願っただろうと思います。しかし今、私たちはそれぞれ歩んできたこれまでの人生を振り返ってみた時に、傷つくことなしに歩むことなど出来ないと誰もが思っています。悲しみや痛みや傷を負わずに人生を刻むことなど出来ないということを私たちは体験として知っています。ですから傷つくために生まれるということもひとつの事実なのだと納得します。イエスがたどった生涯は傷だらけでした。人々の中傷や誹謗、あざけりにさらされ、加えてその最後は十字架にはりつけにされ満身創痍の姿で一生を終えました。

◆ 傷ついている者をいたわり、傷を負うまでは知らなかった真実を通して人間の哀しさに寄り添うことの意味深さをイエスは示し続けて生涯を歩んだ人でした。傷を負った人を見捨て離れるのではなく、傷を負ったままの相手を受け入れ、一緒に生きようとする、そのような誰かに出会うことがどんなに掛け替えのないことであるか。そのことへの気づきをイエスは、人々とともにあることにおいて示し続けた人であったと思います。そしてそのイエスの生き方の根底にあったのは、自らが大人となり神から託された働きをこの世に刻むために、多くの小さな子供たち、多くの小さなキリストたちの命が、時の権力者によって奪われてしまった。そのことによって本当に深い嘆きと悲しみを味わった親たちが、母たちが、父たちがいた、その痛みの深さをイエスは忘れずにその身に負い続けて、そして人の悲しみに、人の痛みに、人の苦しみに寄り添いつづける。その生き方を貫いた人であったと思います。マタイがイエスの誕生物語の最後にヘロデによる幼児虐殺という悲劇を描くのは、イエスが忘れることなく、背負い続けた人の世の痛み、その深さ、それを語りたかったからではないのか、そのイエスの生き方を示したかったからだと思います。

◆ 先日のクリスマス・イブには400人近い方が来て下さいました。捧げられた献金は16万8千円余でした。この献金は全額、「熊本・大分地震被災者支援募金」「東日本大震災救援支援募金(奥羽教区・東北教区)」「会津放射能情報センター」に送ります。失われたいのちに思いをよせるために、忘れてはならないことを覚え続けるために、与えられたつながりをつないでいくために、教えられたことを大切に伝えていくために、祈りを合わせる教会であり続けたいと願っています。

2017年1月15日(日)の主日礼拝 [主日礼拝のご案内]

次 週 の 礼 拝
2017年1月15日(日)午前10時30分
降誕節第4主日
説 教:「呼ぶ者、呼ばれる者」
牧師 髙田 太
聖 書:マタイによる福音書
4章18-25節
招 詞:イザヤ書43章18-19a節
交読詩編:40;6-12
讃美歌28、19、57、516、91(1番)

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